あるあるマンガ

義理の父の場合

夫の父転院、動けなくなる?!−2

夫の父は大部屋の病室で、夜中に騒いで身体拘束されることになりました。 この辺賛否両論あるかと思いますが、うちの場合「どちらか選ぶ」などの時間的、経験的、その他の余裕もなく「お願いする」以外考えが及びませんでした。その姿は、可哀想にも思いましたが「次の治療」でまた局面が変わるようにも思っていましたし。
義理の父の場合

夫の父転院、動けなくなる?!

夫の父は転院して脳梗塞の治療を本格的に始めることになりました。しかし、相次ぐ環境の変化からか、もしくは脳梗塞からか認知症は相当悪くなってきていました。 そして、事態はどんどん予想外の展開をしていきました。
お兄ちゃんのことば

数値化されるお兄ちゃん(S-M社会生活能力検査)-2

いろいろな専門家がいろいろな方法でお兄ちゃんを数値化したり、判定したりしました。そして出された結論はほとんど同じでした。 結果は私たち親子の大まかな地図になっていきました。これからどうなっていきそうなのか、どういう選択があるのか。こういった子どもをテストする、判定することを嫌う人もいるかもしれません。でも…。
お兄ちゃんの検査

数値化されるお兄ちゃん(S-M社会生活能力検査)

人を数値化するとこうなります、しかし私は自分が数値化されて公開されちゃうのは、ちょっと気後れします。 お兄ちゃんだってこんな風に晒されて迷惑かもしれない。 でも一応仮名にしてるし、このブログでは今28歳のお兄ちゃんの許可を得て、公開しています。私たちの足跡がだれかの参考になれば、と思っているので良かったらみてね!!
お兄ちゃんのことば

できないとやらない

保育園では3歳クラスとはいえ運動会やお楽しみ会などで発表するお遊戯や歌などを練習します。 「みんなで何かやる」が興味ない、ちょっと苦手なお兄ちゃん。 つるんつるんと逃げていくらしいです。 ところが…。
義理の父の場合

夫の父、救急病院から転院-1

夫の父は急性期に対応する救急病院から、容体が落ち着いたので家の近くの中くらいの大きさの病院に転院しました。目まぐるしく変わる身辺についていくのは、私たちだって難しいのですが。
義理の父の場合

義理の父の場合

実の父はがんの手術から、麻酔が覚めずその前後に認知症も進んでいったのですが、同じ頃義父もまた脳梗塞で救急搬送、脳梗塞より認知症の方が重いという事態に。それぞれ見えていた兆候。でも早期に治療に入れないのは「本人が認めない」現実でした。でも、症状は違うし、ちょこっとユーモラスでした。
お兄ちゃんのことば

模倣が苦手?

以前臨床心理士さんからのアドバイスで日々の療育の他に、 「模倣が苦手」「模倣に面白味が感じられないのかもしれない」とのお話が。 お兄ちゃんの模倣について考えていました。
義理の父の場合

夫の父も実父と同時期に入院でした

このころの話は正確に時期を思い出せません。あまりに同時多発的に親の入院や病気が始まり、あちこち走り回っていまたからです。私と夫は地方出身、しかも正反対の遠距離。 となると郷里に帰らないなら親をどうするかは深刻な問題でした。地方から近くに引っ越してきてもらう、そんなウチの選択は結果的に助かったものの…。
父が認知症に?

父の転院

癌で入院、麻酔が覚めずそのせん妄からか一気に認知症が悪化した父も、いよいよ大きな病院から転院しなければいけない期限がきました。選択は時に人生を大きく変えてしまいます。私たちはこういう時に何を選択していけばいいのか?私の体験から何かヒントを得てくれる人がいたらいいなと思っています。