お兄ちゃん4歳前、天才なのか障害なのか。何をすればいいのか模索する日々

お兄ちゃん幼児期

お兄ちゃん4歳前。

やっぱり周りのお友達とはちょっと違う道を歩んでいました。

でもね、自分の子どもの発達が明らかに違うとわかるのはきっと他の子も同じ状態でお世話をしている保母さんくらいだと思います。

お母さんはやっぱり我が子をずっと見て、ちょっと他の子を見るので我が子の発達が違うことなんて、気づけない人もたくさんいるんじゃないかな。

実際私の友だちは

「明らかに発達障害がある友人の子どもがいるけど、お母さんはわかっていないのよね。これってとても言いにくいし、私が指摘したことで友だちを失っちゃうかもしれない。でも勇気を持って言おうと思っているけど」

と話していました。

要するに当の母親や家族の方がわからない、気づけない、そして周りの方が先に気づいている場合も結構あると。

 

さて、相変わらずうちのお兄ちゃんも我が道を歩いていて、まあコダワリが多かったです。

 

当時はもちろん、保育園側に「自閉症の疑いがある」と言われていると伝えていました。

そして私もこの子は周りの子とはちょっと「違う」部分が多いと思っていました。

全部は違わない、部分的に違う。

何%くらい違うのだろうかわからない。そんな感じでした。

親は(特にメインで見ている親、だいたい母親)は毎日「違うなぁ」という小さいかけらを目撃していきます。

そしてゆっくりゆっくり砂時計のように「違うなぁ」とかけらが日々積もっていって「障害がある」についての自覚を持っていくのだと思います。

でもね他の家族はちょっと違う。

夫は当時

「でも天才かもしれないし」笑)

と言い

私方、夫方の両親とも

「考えすぎ」

と。

近所の人も同様でした。

 

その頃すでに私は

「発達障害がある子どものための親の会」

に2つほど顔を出していました。

周りの思いやりや遠慮や気づきにくさからくる「障害なんてないよ」の意見は耳にしつつ、現実的に仲間的な人や子どもの発達障害に関する情報を探したりしていたんです。

そんな中で、だんだん自分の考えも変化していきました。

そう変化していきました。

そんなに冷静でも、淡々とでもなく、それなりに動揺したりしながらもです。

でも、やることが明確になっていき感情とは別に進んでいかないと、この子の時間は待ってくれないんだよなーともう一人の自分はつぶやいていました。

コメント