ちょっとオチのある話ー表現の自由?

お兄ちゃん幼児期

オチのない話をしたら、オチのある話を思い出しました。

お兄ちゃんが2歳ちょっとくらいの時に引っ越しをしたんです。

それまで住んでいた所がちょっと都会で、環境が悪くて大気汚染がひどい所だったんです。

そのせいか、お兄ちゃんは1歳前からアレルギーもひどくてお薬飲むのが日課だった上に、1歳で初めての喘息発作を起こしたりしていました。

自閉症の疑いとかそんな宙ぶらりんなことに悩んでいる暇がないくらい、保育園に行きながらも今日はアレルギー外来、明日はアトピーの治療で皮膚科と毎度お医者さんに通ってました。

 

で、引っ越しですが今の奇跡的にも(?)入れた保育園を変えずにそこそこ良さそうな住環境の場所を見つけて引っ越ししました。

 

 

 

もちろん2歳ちょっとの彼がいては何もできないので、朝、普通通りに登園してもらって

保育園にいる間に引っ越しを済ませて、

帰りは新しい家に連れて行く

 

ことにしたんですが……。

 

 

 

今までの家の方向とは正反対の方向に歩いて行くと、始めは普通だったのに、だんだんぐずり始めました。

 

その時は入院に至らず、点滴などをして未明には帰宅したのですが…。

 

それから18年後に社会人になったお兄ちゃんに、その日のことをふと思い出し話したんです。

 

「小さい頃住んでいたウチ、あそこはお兄ちゃんが生まれた時から住んでいたウチじゃなくて、2歳の頃引っ越ししたウチだったんだよ。」

 

「保育園に行っていた間に引っ越して、帰りは新しいウチに帰ったら泣いてねー。あんまり泣くから夜、喘息の発作になっちゃって大変だったなぁ。ま、覚えてないと思うけど。」

 

と言ったら

 

こ……この人は2歳ちょっとのオムツしてほとんど単語ちょっとしか喋れなかった頃の記憶があるのか!?

 

っていうか、そんな覚えていて今までこの18年間、一切話さないでいたのか!??

 

というのが、今回のオチなのでした。

 

全く不思議な事ですが、その2年後4歳の頃お父さんが初めて入院した時の話もして

「あんたもしかしてあの時なんか言った?」と聞いてみましたが

 

「全然覚えてない。」

 

という事でした。

 

好きなときに,好きな場所で,好きな方法で,好きなことが言えるというのは表現の自由です。

が、お兄ちゃんのように20年間聞かれるまで言わないで、聞いたら突然、あの時はこうだったとどんどん言い出すのも、自由といえば自由、表現の自由かもしれません。

でもたまげましたー!!

 

子どもってあなどれないですね。

恐ろしいくらい覚えているし、すごく小さくてもちゃんと理由があって泣いたり怒ったりしているということを、私はちゃんと解って丁寧に付き合ってあげないといけないと思ったのでした、でもだいぶ遅かったけど。

 

コメント